対して、サンマリノなど複雑な模様が描かれたものは、少し再現できそうにありません。
楽しげなデザインであることも重要そうです。
スリランカみたいに動物が描かれていて良いのかとも思いましたが、悩んだ末、旧世紀で最も娯楽度の高い国旗は……セーシェルに決定しました。
なんかこう、広がる感じですね。ワイドに。
翌日、完成した旗を持ってゴミ山に設置に向かいました。
アリの労働力とはすごいもので、昨日の金こん平ぺい糖とうはひとつぶ残らず持ち去られていました。この罠わなは完全に不発となったのです。
さて、同じ仕掛けを再利用して客寄せをやり直すわけですが、社会性昆虫のアリが餌えさ場ばを記き憶おくしないということがありえるでしょうか?
わたしは穴の場所を変更し、再度容器を埋うめ直します。横に旗をさして完成。
さて。
一度戻るのもしんどいので、今日はこのまま観察してみようかと思います。そのための準備も怠おこたりなく揃そろえてあります。
ある程度の距きよ離りを置き、ピクニックシートを敷しきます。
その他の持参物。弁当・水筒・茶菓子に貸本、帽子鉛筆にスケッチブック、年代物の双眼鏡。双眼鏡だけは祖父のものを借りました。
うららかな春の陽よう気きのもと、充実のフィールドワークに励むのも悪くはないでしょう。一冊のスケッチブックと小説本があるのですから、半日だって粘れます。
?ほおをぴしゃりと両手で叩たたき、気合いもじゅうぶん。
「いざ」
腹はら這ばいになって両りよう肘ひじをつき、双眼鏡を構えます。
目覚めは快適でした。
薄うす雲ぐもでぼやけた陽光を背中に浴び、いつしかわたしは眠りこけていたのです。
「しまった……」
フィールドワークときどきピクニックの予定が、いきなり崩れてしまった。
すでに数時間ほどが過ぎてしまったようです。時の流れはいつだって穏おだやかに残ざん酷こくなのでしょう。幸い太陽はまだ輝かがやいてくれておりますが、昼をまたいでからやってきたため、空が夕日で焦こげるまでそう猶ゆう予よはないはずです。
そして双眼鏡がありません。これには少々どころではなく慌あわてます。身の回りを手探りで、蜘く蛛もが旋回するように探し、ようやく足首の横に発見してほっと安あん堵どの息をつきます。こういった複雑な機械は、今では貴重品となっていて、なくしてしまったら同じものが手に入ることはほとんどないのです。
さて、罠わなの具合はどうなっているでしょう?
軽い気持ちで双眼鏡をのぞくと、仕掛けの周辺で群れて談笑している大勢の?彼ら?の姿をもろに見ることになりました。
「…………」
一度目め頭がしらを指でほぐして、錯さつ覚かくである可能性を打ち消します。
改めて、双眼鏡。
間違いようもありません。確かに?彼ら?はそこにいました。
皆、手にした金こん平ぺい糖とうに一心不乱にかじりついています。
「なんとも、あっさりと、まあ」
ことが簡単すぎて、どうしたら良いのかわかりません。
挨あい拶さつをしなければならないのですが、このまま出て行っていっせいに逃げられたりはしないでしょうか?
どう声を掛ければ良いのでしょうか?
掛けなければなりません。わたしは調ちよう停てい官かんで、?彼ら?と接触しないことには仕事にもなりません。わたしは仕掛けを作り弁当持参で野に出てきましたが、ファーストコンタクトの問題をどう解決するかについてはまったく失念しておりました。
いや、それよりもまずは──
混こん濁だくする思考の中から、とりあえず計測という選せん択たく肢しを抽出することに成功します。
……。
…………。
……………………。
計測終了。なんと全部で七十一人。
今また砂糖菓子の魔ま力りよくに招かれ、ひとりがふらふらと寄ってきました。七十二人。
全員が似たような姿をしています。
極きよく端たんに低い頭身、人間用のボタンをひとつだけつけた厚手の外がい套とう。
三角帽子を乗せた大きな頭。
ちんまい手袋とブーツ。
異国の民族衣装のようにも見える装よそおいです。
格好は似ていても色とりどり。
赤、青、緑に黄色、オレンジ、パープル、ビリジアン。
アクセサリーは多彩。
ひんまがった王冠、ペンのキャップ、折り紙のカブト、卵のカラ……いろいろなものをひとりがひとつずつ身につけています。どこか誇らしげに。
全員がやんちゃな男の子のような印象。
平均身長十センチ。
?彼ら?が何者なのかって?
そう──
あのちんまい方たちこそ──
地球人類だったりしますね、このごろは。
妖精さんの姿がはじめて確認された時期は、実は定かではありません。
二十一世紀の中盤ごろにはすでに多数の目もく撃げき例れいが報告されていたそうですが、それ以前の細かな状況は、残念ながら古い電子情報網とともに形けい而じ上じよう的てき空間へと沈みゆきました。いや、べつに残念ではないのです。電子情報時代の情報ほど確実性に乏とぼしいものもありません。一時は盛んにサルベージされていたようですが、あまりにも不毛な作業だったため今では誰だれも見向きもしていない分野です。なんせ?うそだらけ。情報言語学には手を出すな。
むしろ電子情報がない時代の記録。こちらが重要です。
図版や伝承といった形で、妖精さんの存在が仄ほのめかされているからです。
ああ素晴らしき紙かみ媒ばい体たい。洒落しやれがわかるし誠実だし気が利きいてるしがっついてないし何より知的だし言うことなし、でも千年経たっても劣化しない紙だったらなお良かったのに……とこれは恐らく人類最後の研究者の道を選んだ、友人Yのお言葉。
とにかく、妖精さんがぼちぼち目もく撃げきされるようになって、そして……いろいろなことが起こって、それらは記録に残ることもなく、ただ結果だけを今生きているわたしたちに突きつけています。
すなわち、わたしたち人は地球人類の座を自ら引退しており、彼ら?妖精さん?に地位を明け渡しているのだと。
国連調停理事会とは、引退した人類と彼ら妖精さんとの軋あつ轢れきを解消する目的で設立され、現時点ではほぼその役目を終えた組織です。
よって人類と表記される場合、それは妖精さんを示すものとなります。
わたしたちのことは……「旧人類」とか単に「人」と呼べばいいでしょう。「ホモ・サピエンス」でも構いませんよ。
妖精さんは、生物学的分類の範はん疇ちゆうからは外れていますから(そもそも生物か否いなかもわからないくらいです)、これらの呼称が重複して同じものを指すことはありません。
特に「人類」という単語のみが特別枠に移動し、妖精さんを示し唆さするものとなった……このことだけをご理解いただければ不都合はないでしょう。
すでに人は種としては衰退期。
ここ数百年だかを通じてゆっくりと人口を減じ、今にも消え去ろうとしています。
科学技術も失われました。
都市は放ほう棄きされ、生活圏も縮小しました。
そして地球は妖精さんにお任せなのです。
彼らは荒れ果てた大地でも、自由に生きる力を持っています。ただその方法を、わたしたちは詳しくは知りません。言葉は通じるというのに、対話することは滅めつ多たにない。もしかすると、昔あった何かが、わたしたち両種族の距きよ離りを生んだのかもしれません。今となっては知る術すべもない真実という形で。
さて。
わたしは調ちよう停てい官かんとして、彼らと馴な染じみになる必要があります。
妖精さんと人の問題に対処するため、間に入るのが調停官というものです。
日ひ頃ごろから地域住民との密な対話が求められています。
そういった事前の準備が、将来の仕事をスムーズなものにします。いけてる女というものは、皆そうやって上手にエレガントに仕事をこなすものです。
最小の手間で最大の効果を。実現できた瞬しゆん間かん、それは有能さの証左となり、自らの矜きよう持じとなり……これはつまり、そういう類たぐいの行為なわけです。
なんとしても、わたしはあの超メルヘン生命体と親しん睦ぼくを深める必要がありました。
タイミングをはかり、わたしは身を低めて小走りに接近していきました。
その時はじめて自覚したのですが。
緊きん張ちようのあまり四し肢しがぎくしゃくしています、わたし。
正座した直後に無理して走りだすような……自分をコントロールできない時に訪れる、あの言いようのない不信感。案の定、つんのめってしまいます。あらあらどんどん地面が近づいてうふふ。いつもお世話になってますわたしの体。本当に毎度毎度ここぞという局面で恥をかかせていただいて……。
急速に地面が接近してきました。
衝しよう撃げき。
背丈が無む駄だに高いので、転倒も派手なのです。
「いたた……」
一日も早く粗そ忽こつなところのないアダルトな女にならなければならない、と転ぶたびに強く思う次第です。
それより妖精さんです。鼻を押さえながら顔を上げます。すると案の定、全員が銀ぎん杏なんのような形に見開いた瞳ひとみで、わたしを注視しているじゃありませんか。
「あ、あの、その……」
うまく言葉が出てきません。
焦あせりは誤判断を招きます。
あろうことか、すっくと立ち上がるわたし。
数年前に女としての大台を突破し今や恐るべき高みに置かれているはずの頭部は、身の丈わずか十センチの世界からは、ずももと隆起した津波のように見えたことでしょう。
彼らは、いっせいに、
『ぴ──────────────────────────っ!!??』
ガラスが割れそうな、悲鳴の大合唱でした。
蜘く蛛もの子を散らすとはこのことでしょう。
四方八方に逃げ出していきました。
ああ、実に素早い。
空こそ飛ばない妖精さんは、神話伝承の区分におけるフェアリーよりもコロボックルに近い存在ですが、とりもなおさず敏びん捷しよう性せいは人を大きく凌りよう駕がしてます。
「あの! ちょっと! 待って……お願い……!」
声をかけながらも自分でわかっています。待ちはしません。こういう局面で、普通は。
わたしも彼らの立場だったら、絶対に待たないと思いますしね。
「…………」
伸ばしかけた手を、ぱったりと落とします。
瞬しゆん時じに十も老ふけたような気分です。
「なんてこと、最初からこれでは先が思いやられる……せっかくの仕掛けも場所を変えて張り直ししなければ、」
老女のように仕掛けに歩み寄り、罠わなの容器をのぞきこみました。
「……まあ」
隠れていました。
三人ほど。
魔まが差したのです。
差してしまったのです。ぶっすりと。
気がつけば、自室の机の上に三人の妖精さん。
全員、なぜか正座です。
そして恐怖に震ふるえています。
無理もありません。
見つけた瞬間、容器の口を手で押さえ、逃げ帰ってしまいましたから。
はい、魔が差したというか、完全な拉致らちなんですけれども。
これ深刻な異種間問題になったりするんでしょうか?
原則として、調ちよう停てい官かんは妖精さん社会には不干渉が常とされております。
なんとか事態の隠いん蔽ぺい……ではなく解決を図りたいところです。
「あの、皆さん……?」
話しかけると、三人の妖精さんは死刑の順番を告げられたみたいにビクリと身を震わせました。
完全に恐怖に支配されています。可か哀わい想そう。
……いや、モロにわたしのせいなんですけどね。
しかしどうしたらいいのやら。
このまま軟禁しているわけにも行きません。
「ごめんなさい、こんなつもりではなかったんですけど、こんなことになってしまって」
三人は涙目でわたしを見上げてきます。
嗚呼ああ、いたいけな瞳ひとみ。
スイッチがオンになっちゃいそうです。
「ええと、何か召し上がりますか? それとも──」エスプリの効いた冗談で場を和なごませようと試みます。「あなたたちのことをわたしがおいしく食べてしまいましょうか?」
『─────────ッッッ!?』
連れん鎖さ的てきに失禁する三人。
「……ごめんなさい。一いつ瞬しゆん自分でも不ふ謹きん慎しんかなと思ったんですが……ごめんなさい。ですからごめんなさいってば。食べませんから。もし」
絶望に縮こまる三人をなんとかなだめます。
ちなみに妖精さんはほぼ真水を排はい泄せつなさるそうです。
だからといって飲もうとは思いませんが。
気を取り直して、別のアプローチとして餌え付づけを試しました。
しかも妖精さんたちが好む砂糖菓子。
最初からこうしていれば良かったんです。
「残り物ですけど、いかが?」
金こん平ぺい糖とうを指に乗せて差し出しました。
三人はべそをかきかき顔を見合わせ、うち代表ひとりが立ち上がり、仰向けた指先に近寄ってきます。
二十センチほどの距きよ離りで立ち止まり、じっとこちらの様子を見て、敵意がないことを見るとようやく受け取ってくれました。
やった。
このひとつぶは小さなひとつぶですが、新旧両人類にとっての偉大なひとつぶになると良いなあ。
「さ、どうぞ」
怯おびえ怯え、口につけます。
意識のほとんどでこちらを警戒していて、最初は味などわからない風でしたが、次第においしいゲージの割合が増加していったようで。
ひとつぶ食べ終わる頃ころには、警戒心も消滅し、なんだかまったりした様子になっていました。
「……ものすごく餌付けが簡単な種族なんですね、あなたたちって」
その様子を見て、後ろの二人もひそひそ話し合っていたので、彼らにもひとつぶずつ転がしてあげました。
たちまちたいらげられてしまいました。
三人はどこかそわそわした様子で、こちらをうかがっています。
どこか物欲しげに輝かがやく瞳ひとみで。
意味するところはすぐに理解できました。
「……いいでしょう」
今日は大おお盤ばん振ぶる舞まいです。
瓶びんを机の上でさかさまにして、残りをぶちまけました。
「さあ、好きなだけ召し上がれ」
三人は喜色満面、菓子山に飛びこみます。
狂乱の宴うたげのはじまりでした。
十分後──
きゃいきゃい♪
楽しげにじゃれあってます。
無心に遊んでいます。
満腹になったら遊び心が出てきたご様子。
空から瓶びんに飛びこんだり飛び出たり詰まったりと無邪気なものです。子猫のよう。
わたしは椅い子すに腰掛けて、無言で彼らの様子をスケッチしています。
残ったらひとつふたつ頂こうと思っていた砂糖菓子はすっかりなくなってしまいましたが、なに、賄わい賂ろだと思えば安いものです。
「新任そうそう贈ぞう賄わいを駆く使ししてしまった……」
敏腕調ちよう停てい官かんの所業です。
それにしても動き回る四人の妖精さんをスケッチするのはなかなかに大変な作業で、せめて三人くらいだったらと、
…………。
「……増えてませんか?」
妖精さんたちはぴたりと動きを止めてわたしを見つめます。
一、二、三、四……確かに四人。
でも連れてきた時は三人だったはずなのですが。
眉み間けんに皺しわを寄せているわたしに、ひとりの妖精さんが歩み出ました。
「あの」か細い草笛のような声で「にんげんさんは、かみさまです? です?」
「……神様?」
「かみさま」
はて。
神になった記き憶おくはなかったりしますが。
旧人類たるわたしたちは、彼ら妖精さんにとって神にも等しい存在なのでしょうか?
「神様、ではないはずですけど」
すると四人は円陣を組んで相談を開始。代表ひとりが前に出て、
「しかしとても……おおきいです?」
「あなたたちから見れば、そうですね。でも神様ではないです」
「にんげんさんは、にんげんさんは……」何かを伝えようと言葉を探しているようです。しかし見つからない。もどかしい。気持ちが動きに表われて「ああー!」
すごく可か愛わいいですね、この小型人類。
「こう考えると良いと思います。あなたたち妖精さんは、今の人類」次に自分を指さし「そしてわたしたち人間は、昔の人類」
「むかしのじんるい……」
「もう引退してます。ご隠いん居きよです。昔は小こ粋いきに戦争などもしておりましたが、今ではもうまったくおだやかなものですよ」
円陣。囁ささやき。かまわずその上から話しかけます。
「ですからわたしのことは、そう怖がらないでもいいんですよ」
ひそひそひそひそ。
「どうでしょう、わかってもらえましたか?」
ひそひそひそひそひそひそひそひそひそひそひそひそ。
「……あの、もし?」
「にんげんさん!」
円陣が解け、ひとりが前に出て挙手します。
「何ですか?」
代表者さんは無言で指先を突き出しました。
そのままの姿勢で、ぎゅっと目を閉じています。
まるで何かを待っているかのように。
「?」
さっぱり意味がわかりません。
が、とりあえず、こちらも指先を伸ばしてつんと触れあわせてみました。
古い映画にそんなシーンがあったことを思い出したのです。
その結果どうなったかというと、
「わー」「おー」「んー」「あー」
感心されましたね。
彼らなりの握手みたいなものなんでしょうか? そうだといいんですけど。
「さて、顔見知りになったところで、ゴミ山に帰りたいですよね? 無理やり連れてきてしまいましたものね?」
「ごみやま?」
「あなたたちのいたところですよ」
「ごみやま、かえるです?」
「ええ。あなたたちの、住んでいるところなんでしょう?」
四人は同じ角度とタイミングで首をかしげます。ぴたりと重なるお返事が、
『さー?』
「自分の生まれた場所、わからないんですか!?」
「うま、れた……?」
変なスイッチを押した気配がしました。
四人はまた円陣を組みます。
「にんげんさん、ここでまたごしつもんです」
「は、はいどうぞ」
「ぼく、いつうまれました?」
「知りません」
「なんと」
「なぜそれをわたしに聞きますか……?」
「さー?」
追及しない方が良さそうです。
「それより、皆さんのお名前を教えていただけますか?」
『……』
四人分の沈ちん黙もくと視線を受けました。
「名前ですよ、名前。自己紹介してくれると嬉うれしいんですが」
「な……まえ……?」「ねーむだ、ねーむ」「ねーむとはなまえのことだ」「ぺんねーむでいい?」
「いいですよ」
「……」しばし考えこむ発言者。「……よくおもったらなかったです」
「でしょうね」
ちょっと慣れてきました。
「なるほどぼくら、なまえ、ありませなんだ」
「不便なのでは?」
「かもしれないです」
「普ふ段だん、仲間うちではどうしてるんです?」
四人はぽけらーっと口半開きで考えます。出た結論が。
『……にゅあんすで』
「そうですかー」
平和地球万ばん歳ざい。
「でも、わたしから見て名無しさんばかりだと、ちょっと不便ですよ」
「さようですか」「すいませんなさい」「ちんしゃします?」「おいしくたべられます?」
「食べませんよ」
「なんだよ」「いのちびろい?」「かくごしなくてもよかった?」「にんげんさんのちにくになります?」
「……食べませんってば」
またも円陣を組む妖精さんを見て、ひとつ思い出したことがありました。
せっかくお近づきになったのですから、個体として認識する術すべが必要です。観察対象の野生動物をナンバリングするような、何か。
相手は対等の(あるいは上位の)知的生命ですから、一方的なことはできません。名札をつけるとかの被験対象には取れないのです。
だから方法は実質ひとつしかありません。
「皆さん、ご注目」視線を集めて「わたしは、これから妖精さんたちと仲良くしたいと思っています。なので皆さんに名前を進呈させてください」
妖精さんたち取り乱します。
「ばかな」「そんなことが?」「かちぐみやんけ」「いっそたべて」
「じゃあ食べます」
『───っ!?』
ひとりが失禁すると他の三人ももらい失禁ですからね、この種族。
見えないところで精神でもくっついてるんでしょうか?
「?うそです」
「うそだた」「だたね」「よかた」「にんげんさんにほんろうされるです」
「可か愛わいいですね、あなたたち」
さっそく命名してあげることにしました。
妖精さんは外がい見けんの差は少ないのですが、格好にはそれぞれ微妙に違いがあります。
「そうですね……じゃあ一番目のあなた」
びっと指さして、
「ねがいます」
「えーと……なんとなくリーダーっぽいので、きゃっぷさん」
「きゃぷー」
「帽子にこだわりを持ってくださいね」
「ときめくごていあんですな」
「で、あなた」
次は二番目の妖精さん。
「はい」
「なんとなく日系な印象なので、なかたさん」
「そーきたかー」
「スーツとメガネとカメラ装備で二十四時間戦ってください」
「かんたんのはんたい」
「さて三番目さんは……」
三番目さんは途中で手を挙げて言葉を断ち切りました。
「……にんげんさん、ごていあんです」
おや?
「なんでしょう?」
「じぶんでなまえ、きめたいです?」
「おや、自分で名乗りたい名前でもあるんですか?」
こくこくとうなずく妖精さんです。
「もちろんいいですとも。どんなお名前になさいます?」
「さー・くりすとふぁー・まくふぁーれん」
「……サーの称号まで」
「おきに、おきに!」
お気に入りですか。そうですか。
「だめ?」
「いいえ。構いませんよ。素す敵てきなお名前です」
「がんばるますー」
「ぼ、ぼくなのでは? そろそろ、ぼくなのでは?」
四番目の妖精さんが、待ちきれない様子で両手を挙げます。
「ではあなたは……」
「じぶんでおなまえつけてみては?」
「あなたもですか。いいですよ。どのような名前に?」
「ちくわ」
「食べられたいんですね……」
「まちがいです?」
「ある意味」
「ならばー」
ちくわ(仮名)氏は、まくふぁーれん氏をチラ見します。
「さー・ちくわ」
「食べ物は貴族にはなれませんね」
「なんとー」
本当はなれるんですけど。
ここでサーロインを持ち出しても話が複雑になっちゃいますから、ちくわさんで決定とします。
これで、四人の妖精さんと親交を結びました。
彼らに窓口となってもらえれば、他の妖精さんとも接触しやすくなるはずです。
調ちよう停てい官かんとしての滑すべり出し、まずまずなのでは?
「さあ、そろそろ山に帰りましょうか」
「はい」「うい」「もい」「かえるのです」
「で、なぜそんないきなり切せつ羽ぱ詰つまっているのだおまえは?」
夜、自宅、食卓。
祖父の蔵書・世界人名辞典を片手に、スケッチブックにペンを走らせながら、祖父に答えます。
「知り合った四人の妖精さんに名前をつけてあげて、仲良くなったのはいいんですが……」
「察するところ、他の仲間の名前もつけてくれと頼たのまれたわけか」
スケッチに列挙された名前を一いち瞥べつしただけで、正解に辿たどり着きました。
「……はい。なんだか、思っていたよりずっとフレンドリーな種族ですよね」
「彼らはもともと人間が大好きなのだ」
「身をもって知りました」
「そのあたりはいろいろ複雑なのだがな……まああのあたりの資料にあるはずだから、自分で確かめてみるといい」
とキャビネットを指さします。
「わたしも子供の頃ころは、彼らと普通に接していたように記き憶おくしてますけど……こういうつきあいはありませんでしたから」
「子供もまた妖精だからな。記憶は成長するに従って、曖あい昧まいなものとなっていく。薄うす膜まくがかかるようにな。そしてそのヴェールの向こう側には、時として魔ま術じゆつめいた世界が隠されていることがあるのだ。浪漫ロマンだな」
「……えー、確かー、おじいさんは元学者大先生閣かつ下かなんでしたよねー?」
「なんだ、馬ば鹿かにしてるのか? オカルトもまた一面の真実だぞ? 歴史においても幾いく度どとなく学問として復権している。そもそも妖精が実在するという一点において、我々は真実を知らないのだからして……」
「一いつ瞬しゆん、老人ボケかと思いましたよ」
「私はおまえより長生きするぞ」
「……まあ長生きしてくださるのはいいことなんですが、ほどほどにしてくださいね」
「死ねと言われているような気がするが」
「ああ、やっと五十人分」
名前もちゃんと考え出すと難しい。
「しかしあっさり仲良くなるとは、うまくやったもんだな」
「そ、そうですね」
拉ら致ち疑惑については伏せてあります。
「ということは、彼らはまたあのゴミ山近辺に集まりだしているわけだな」
「そのようですよ。明日また様子を見に行くつもりですけど」
「うむ。なら……覚悟しておけ」
ペンを止めます。
「……と言いますと?」
「妖精という存在について、我々が知っていることは意外と少ない」
祖父の語りは真理をまさぐる者特有の誠実な含みを帯びます。
「彼らがどこから生まれ、どういう生態なのか……ほとんど知られてはいない。わかってることといえば、数が多いこと、高度な知性と技術を有していること、生きるための食事を必要としないこと、そして既存のいかなる生物とも異なる種であること、くらいだ」
祖父の言葉は、わたしが学がく舎しやで選択した人類新学の講義の記き憶おくに、特急便で接続されました。人類新学とは、人類学の妖精部門のことです。?かみ砕けば、妖精さんについてのお話。
確かに妖精さんには数多くの謎なぞがあります。
しかしその謎は、一度たりとも解かれたことはなかったんでしょうか?
答えはNOだと言われています。
少なくともわたしたちは、一度は彼らの謎をある程度まで解いたのではないか?
まだ地上の大半が旧人類の世界だった頃ころ、科学と叡えい智ちが都市に校舎に書籍に電子情報網に満ちていた頃、絶頂の頃であれば、決して不可能ではなかったはずなのです。
情報は失われます。
わたしたち旧人類は、その歴史の中で情報的な断絶を幾いく度どか挟んでいるのです。
たとえばわたしたちは、人類が引退を決意した決定的な理由を知りません。ただ遠い昔、そういう決断があったとだけ伝えられています。
どこかに情報は眠っているのかもしれません。
でもそれを取り出して改め、真相を明らかにしようという情熱を、もう我々は有していません。
衰退しちゃってるんです。
妖精さんがどうやって繁はん殖しよくするのか?
なぜ食物を必要としないのか?
わたしたちと同じ言語を扱うことができる理由は?
高い技術力の根底にあるものとは?
真実は時の流れに埋まい没ぼつしており、それは物事を記録する習慣を持っていない妖精さんたちでさえ知り得ないことでした。
わたしたちはただ生きています。
それでじゅうぶんだと言わんばかりに。
祖父の話も、そのあたりをより専門的になぞる形で進みました。
「……といった点から、ごく端たん的てきには妖精は正しく魔ま術じゆつ的てきな存在だと主張する向きもあったようだな。単に浪漫ロマンと換言してもいいが」
「調べるのに疲れてしまったみたいな結論ですね」
「仕方あるまい。分裂して増えているかもしれない知的生命体に、どうやって科学のメスを入れたらいいのか、誰だれもわからなかったのだ」
「分裂……」思い当たることがもろにありました。
「生きるのに食料を必要としない、という説もあるぞ」
「でもお菓子は食べてましたよ?」
「嗜し好こう品ひんとしてな。だが彼らが農耕や狩しゆ猟りようによって社会を支えている、という事実はいまだ確認されたことはない。伝承に曰いわく、妖精は物質のエッセンスだけで生きることができるのだそうだ」
「エッセンス……」
「説明はつくぞ。妖精が繁はん殖しよくのための段階であると考えればどうだ? カゲロウの成虫は成虫に脱皮した後、食事を行わないのと同じように」
「ああ、それならありえますね」